同じ出来事でも投影の仕方は多種多様

12.242016

 

 

同じ出来事でも

投影の仕方は多種多様でいいですね。

 

改めて

経験を通じて味わいました。。

 

 

 

 

全く同じ出来事が起きたとします。

 

Aさんは

そんなのは×だと思いました。

 

Bさんは

あれ?何々?どうしたの?

と驚きました。

 

Cさんは

まったまた~

自作自演のコントしちゃって~♪と

面白がっていました。

 

Dさんは

怒っちゃいました。

 

 

Eさんは

そんな君もありだと思ってるよ~と

まるっと別世界から見ていました。

 

 

投影というのは

そこにあるニュートラルな現実に

自分は何を見い出しているかを知り

 

その後

どんなことを感じた自分も

ありだと知るきっかけにするツールです。

 

 

投影の法則は

仕組みそのものも楽しめますし

 

自分を発見することにもなり

同時に誰かを知ることにもなります。

 

時に投影によって

自分が苦しむこともあるけど

 

それもやっぱり

まるっと大事なことなのかもしれないですね。

 

 

人間の生活に苦しみがあるのは

 

存在しているという記憶を

脳内に残したいからでもあります。

 

 

 

人は

個人として生きた記憶を

どこでもいいから残したい欲求を持っている。

 

その時に

インパクトが必要だから

 

苦しみも楽しみも

どんな感情の動きも

 

魂としては

記憶装置に残す大事なプロセスとして

経験すべきチャンスだと捉えています。

 

あなたの中の

大きな自己、広大な視野をもった存在は

どんなことも宝物だと感じているので

人間の思考よりも

もっと奥深い視点、もっと広い視点で

 

あなたにたっぷり経験注ぎ

感情という隠し味を

これでもかと味わわさせてくれているだけ。

 

宇宙の愛って言うのは

優しかったら愛で厳しかったら愛ではない

なんていう2極の判断はありません。

 

 

あなたが潜在的に望んでいることに

応援をするというのが宇宙の愛です。

 

 

それは人間同士の

関わり合いでも同じ。

 

 

この反応をした人には愛が無く

あの反応は愛からの反応だ

 

この行動をする人には愛がなく

こっちの行動では愛がある行動だ。

 

 

そういう基準も

実際は、頭だけで作っている基準。

 

本当は愛がないことなんて

おっきな視点では起きていない。

 

 

でもそんなこと言われても・・・

 

 

人間生活では

あるとかないとか基準を創らないと

行動できないことも確かなんです。

 

 

そこはアトラクションとしてとか

地球の遊び方として見ていいところ。

 

 

*ただし渦中はいくらすべて愛だと知っていても

本当にリアルに悩むし、凹むし、もうだめだと思う。

 

それでいい。

それであるしかない。

 

どんなに思考で

自分はダメだと思っていても

 

深いところでは

広い世界では

 

かわいこちゃんが

地球でダンスしているなぁ♪

 

それくらいのことで

可愛がられているだけ。

 

(こっちの身にもなれよ!!と思うが・・・仕方がない)

 

 

愛にいいも悪いもない

 

経験した瞬間はこんなの愛じゃない!!と

盛大に嘆いたとしてもいい。

 

3年後にあの経験は愛だった。

そう思うこともあるでしょう。

 

思考で思うことと

魂が栄養とすることが腑に落ちない時は

 

人は葛藤をするし、苦しみますが

それでまずはOKなんだということ。

 

だってその経験をできるのは

地球ならではの醍醐味だから。

 

 

それと同時に思考で考えたことと

魂の栄養のことが一致する体験をしたときは

 

さらに納得していけると思うので

よりOKに感じるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

全く同じ出来事が起きて

 

Aさんは

そんなのは×だと思いました。

 

Bさんは

あれ?何々?どうしたの?

と驚きました。

 

Cさんは

まったまた~

自作自演のコントしちゃって~♪と

面白がっていました。

 

Dさんは

怒っちゃいました。

 

Eさんは

そんな君もありだと思ってるよ~と

まるっと別世界から見ていました。

 

 

AもBもCもDもEも

どんな反応があってもOKであり

 

どれにも〇×はつけられない。

 

 

ただ

現時点でどれかの反応が好きか嫌いかなど

好みで選択する部分はあると思います。

 

今の自分では

どの反応が出るかという日々変わって行く違いもあるけど

 

この地球での極を感じる経験としては

どんな極でもOKだと知っておくのは

時々、自分を許すときに便利なこともある。

 

 

どんな極でもOKだと知っておくことで

 

これが自分と思っている中に

ひょっこり新しい自分が出てくることも大事にできるようになる。

 

 

 

どんな自分にもOKするのは

自分1人だけで完成するものではなく

 

いろいろな立場の人と一緒に

現実を感じながら体験できることなんだな。

 

 

自分自身が人にどう思われてもいい

自分の行動に後悔はしない

 

そう覚悟して行動して

 

誰かには嫌われたかもしれない

誰かには見たくもないと思われたかもしれない

誰かにはこの人やばいと思われたかもしれない

 

マイナスに響いてしまうことにも

覚悟を決めた。

 

というか

そうするしかできなかった。

 

 

一般的にはタブーとおもわれかねない行動を

そうするしかできずに経験するしかなかった

 

そんなわたしの行動に

希望を見てくれた人が数名いた時

 

わたしは

思考にがんじがらめになったままの

自分のちっぽけさを感じると同時に

 

同じ自分の中に

他の自分を見いだせる希望も感じることができた。

 

 

同じ現実でも様々な感じ方があっていい。

 

暗闇の中に何を見てもいい。

 

落ち着きも不安も

どんな見え方もあっていい。

 

 

どれが正解でもない

 

いわば、どれも正解であって

それはその人にしか感じられない

投影の味わいなんだと思った。

 

自分の感じることにも

今まで以上にOKしてあげられそうな気がします。

 

 

経験させてくださってありがとうございます。

 

 

                       

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コメント

    • 太陽星座うお座、月牡牛座
    • 2017.05.31

    どうやってたどり着いたのかわかりませんが(;^_^A

    以前にもたどり着いてたみたいで、
    このブログ、ブックマークまでしていました\(◎o◎)/!

    今日の今現在読んで、まさにこの通りの
    経験というか、悟り?みたいな感覚を過ごして。

    答え合わせというか、まとめですね♪

    まとめは、自分でするものと思っていましたが、
    こうやって見せていただくこともある。

    ありがとうございます☆

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