やぎ座の母が優しかった時。

01.032017

 

 

 

 

 

やぎ座の母が優しかった時

 

 

こんなタイトルを書くと・・・

 

うちの母は相当に厳しい母なんだろうと

文字から読める場合もあるかと思います。

 

このタイトルになった理由は

母が始終厳しいからではありません。

 

”わたしにとって”

 

母の言動が厳しいと思う経験が

これでもかとピックアップされて

記憶の上位に掲げられていたからです。

 

 

 

やぎ座が厳しいというわけでもなく

母が厳しいというわけでもなく

 

 

”わたしにとって”

 

母の中のルールが

わたしの初期設定ルールに対して

ビシバシと引っかかるという響きあいが起きるということ。

 

影響しあう部分のこと。

 

 

母の山羊座的な物の見方が

気になる現実としてピックアップされ

 

記憶に残ることになった・・・そういうお話です。

 

 

 

まゆこという個人の意識を

誰かを鏡にして外側にあるかのように見た場面

 

1人の人間の現実投影のお話。

 

 

やぎ座と一言で言っても

実は簡単に言いきれるものではありませんよね。

 

キーワードはあるけど

そのキーワードが創る現実というのは

多種多様です。

 

 

この記事で私が語る

「現実的であるという意味の山羊座」は

山羊座の1つ側面でしかありません。

 

 

しかもわたしの中で

育成されていない山羊座の投影なのです。

 

 

 

わたしの中にある

今の山羊座活用を絞り出した時

 

大切な人という外側の鏡に

意識の投影を映し出すことによって

世界を知ろうとしているということ。

 

 

 

 

そんなお話。

 

それくらいするのは

現実社会では当たり前。

 

ちょっとのことは我慢して当たり前。

あなたが間違っている。

 

 

弱音に対しての反応が

いつも厳しいと思っていた山羊座の母の中に

 

優しいと思うような

共感的な蟹座のような側面を見た時

 

わたしの中の山羊座新月が

やっと起きたんだと思いました。

 

 

それはまゆこの中の山羊座育成の始まりでした。

 

 

現実的

非現実的

 

 

この境目というのは

一人ひとりに独自に存在していますが

 

わたしは母にとって

非現実的な存在として映ることが多く

 

 

わたしにとって母は

現実的すぎる存在として映ることが多くありました。

 

 

 

 

好みの生活スタンスが

それぞれ敵国として感じられる。

 

 

そんな側面を持った存在同士が

一緒に1つの空間に暮らしているような感じ。

 

 

わたしは

母の現実的な面を過剰にピックアップすることで

何かを体験しようとしていました。

 

 

 

相いれない世界観同士が

同じ空間で生活していることは

 

いわば

地球の基本設定であるとも言えます。

 

 

自分の潜在的な部分を

自分の中にそのまま見るよりも

 

関わり合いのある他者との間で見る。

 

より客観的に見れるツールとして

家族や他人に投影して見る方法です。

 

 

魂は地球で

現実を見ることができると『ある』と知ります。

 

 

その現実はどんなことでもOKなのです。

 

とにかく

『ある』という経験を認知できれば完了です。

 

 

本来はたったそれだけで完了なのですが

 

せっかくなので時間をかけてストーリーを描き

この地球に滞在して『ある』物語を味わいます。

 

 

そのストーリーで

脚本部分を構成する要素が

 

わたしたちが興味を持って学んでいる

占星術や数秘術やタロットなどの中にある「解釈」の部分です。

 

 

 

母は太陽星座が山羊座です。

30種類ある中の前半部分の山羊座です。

 

 

クリスマスイブの日

 

わたしは

母に話を聴いてくれないかとお願いしました。

 

 

自分が主催した講座を

期間内に理想形まで遂行できなかったことを話しました。

 

 

その原因には

わたしの中で習得不足であったあんなこと、こんなこと。

 

その結果

わたしが提供するものに価値を感じず

納得できなかった方には返金という対応をした。

 

 

同じ現実であったのだけど

十分に受け取っているよ、と言ってくれた人

お話できて楽しんでいたよという人

延長する件に協力するよ!一緒に進もう!という方もいれば

そうでないと思う人もいた。

 

ということ。

 

 

 

ただ誰かに話したかった私が居ました。

 

 

 

わたしは自分を裁く側面と

 

どこかでこの経験が

新しい自分に繋がっているのでは?

という側面の両方を持っていました。

 

 

希望を見い出したい自分も

同時に感じながら伝えていました。

 

 

事実を話さないで

一人で抱えていることが今は苦しかった。

 

誰かに自分の経験を

ただ、聴いてほしかった。

 

特に近くにいる人に

ただそうなんだねって聞いてほしかった。

 

〇か×かではなく

そうだったんだねって。

 

これらを伝えました。

 

なぜなら

私自身がもうすでに自分に罰点をつけて

相当、苦しんでいたからです。

 

 

伝える際には

わたしはいつものパターンも覚悟しました。

 

現実的な母の「それ見たことか」という反応です。

 

 

 

でも、この日は

少しだけ気持ちにスペースを持つことにしました。

 

 

今までのパターンが

現実でそのまま起動するなら

 

「それ見たことか、準備が甘いからだ」

という反応があっても驚かない。

 

 

 

でも今回はほんの少しだけ

自分の中に新しいスペースを創ってみようと思った。

 

そもそもスペースなのだから

何かが入ってもいいし、何もなくそのままでもいい。

 

 

ここに何か新しいものが創造できるんなら

このスペースにはどんなことが巡ってくるのだろう・・・?

 

でも、同じパターンでもそれはそれでOK!

 

 

そういう感覚。

ただいつか何かを受け取るために

空けてみるという感じ。

 

 

そんな風にして

母との対話経験にどんと来いをしてみました。

 

 

 

 

今までは自分が弱音を吐いたり

何かがうまくいかなかったことを言うと

 

決まって母に『それみたことか!』と言われてきた。

 

それはわたしが他の記憶を消していて

 

「それ見たことか」と言われた時だけが

あまりにも印象に残ってしまったとも言えるけど

 

 

わたしは自分で好んで

自分を懲らしめるようなパターンだけを

率先して記憶して残してきたのでした。

 

それが普通だと思っていたから。

 

 

母にいつもダメレッテルを貼られている・・・

という自分への戒めの証拠を

 

脳内で綺麗に編集して

ピックアップするように集めていたということ。

 

 

いつの間にか

自分が弱音を吐きそうになると

 

そのピックアップしたパターンだけが

自分の脳内に上映されていました。

 

自分の弱音に適切な反応だと

勘違いするようになっていったのです。

 

 

これはわたしたちによくあるパターンで

初期設定の洗脳を受け取るだけに留まっている状態。

 

 

人生はここから

新しいパターンを創造していくことができる世界。

 

 

人生を創造するのは少し勇気がいるよね。

 

ちょっとだけ

パターンを崩してみる勇気が必要だから。

 

思い切ったのに

結局、同じだったということもあるから怖い。

 

自分が苦しいのは

誰かのせいではなく

 

 

自分が何かの一部を

たまたまピックアップして

 

綺麗にパターン化して

いつの間にか抜け出せなくしてしまったからかもしれない。

 

 

そのパターンが

都合よく働いている時には問題と感じないけど

 

そろそろ崩そうかと

自分の中の満了と新陳代謝が起き始めた時

 

一時的に葛藤が起きるのかもしれない。

 

 

 

 

 

今回の講座は

 

人間関係におい何があっても

大きな自己では、どんと来いができるように

じっくり感性を磨くことも内容に組み込んでいた。

 

そんな風に覚悟を決めたのだから

わたしにもたくさんの経験が来ることは想定内だった。

 

 

今までと同じ現実パターンを見ることも

 

新しいパターンを見ることにも

どっちの経験にも責任を持とうと思っていました。

 

 

その心構えとして

ただどこかにスペースを空けておくということ。

 

 

自分の中の思考のパターンとは別に

自分を覆う世界の中にスペースを空けておく。

 

 

 

その日の母は

「受け取り方にはいろいろあるってことだよね。十人十色。」

そんな風に言ってきたのでした。

 

いつものようには責められませんでした。

 

 

 

 

ほんの少しだけ

いつもの自分にスペースを空けてみた時

 

たまたまそのスペースには

今までとは違う経験が飛び込んできたのでした。

 

 

場合よっては・・・

 

また同じような経験を

受け取る現実になっていたかもしれないけど

 

今回は、新しい受け取り方も経験できたのでした。

 

 

新月や満月というのは

暦で経験することもできますが

 

普段の生活の中では

いつでも経験できることだと言えます。

 

 

自分の中にある四次元ポケット

 

ホロスコープの中の

まだまだ知らない宇宙の側面が

 

あなたの中から1つずつ引き出されている時

 

それはあなたの中の

満月経験でもあり新月経験なんだろうと思います。

 

 

新月リーディングや満月リーディングは

実は、毎日起きているのかもしれませんね。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スペースについてのお話をした音声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       

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コメント

    • 太陽星座うお座、月牡牛座
    • 2017.05.22

    うぉおおおお←誰?

    ここに直面している課題が!!
    なのですm(_ _)m

    自分の親に対して「また」って思っています。
    こないだも「連絡してこんけ~」だったので
    「またケンカするのが嫌だったから」
    と パターンにはまっていました。

    親と対峙するのが嫌なので
    またこのパターンがくる、と
    構えてるんですね。
    (ブログ読んで、構えてる、それを受け止める
     という現実を連れてくる体制になってるのが
     わかりました)

    今、親(今は主に母)との関わりに
    正面から向かわなくてはならない状況が
    来ているのがわかってます。

    このところ、何が課題なんだ~><
    と思っていましたが、
    ・・・おぼろげに見えてきた感じです。

    このブログは、また読みにくると思います。

    親子の課題って見えにくいから
    私にとっては難しく感じています。

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